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佐々木塾ブログ : 2018年3月

千葉大学 園芸学部 後期小論文(2016)...2

 問1下線部①の「ああ全くたれがかしこくたれが賢くないかはわかりません」と若い博士が感嘆して言う言葉に込められた思いから、どんなことが教訓として得られるか。150字以内で述べよ。

解答例 「子ども立の美しい公園地」として機能する杉林を植えたのは、将来大学教授になるような秀才ではなく、村のみんなから「少し足りない人』と判断されていた虔十だった。そのことから分かるように、賢さの基準とは閉塞的で恣意的なものに過ぎず、普遍的な意味での「賢さ」とは後々にならなければ判断できないのだという教訓。

 問2 下線部②の「虔十公園林」という名称に込められた思いは何か、全体の趣旨を読み取りながら、150字以内で述べよ。

解答例 都市開発により発展した村の田畑は住宅へと変貌を遂げた。しかし、虔十の植えた杉林だけはその村唯一の「自然」として息づいた。そこには村びとの嘲笑にも平二の暴力にも屈しない虔十の意志の強さが反映されている。その意志の強さに敬意を表し未来永劫その名が残るように名前を残した。


 問3 虔十の植えた杉林や芝原及び周囲の位置関係をもっとも的確に示していると思われ図は次のどれか。またその理輔を100字以内で記せ。

この問題の図を載せられないので省略

 問4 下線③の「ほんとうのさいわいが何だか」を教えていることはどのようなことか。文中の表現を引用しながら説明せよ。またそのことから、このように建て込んできた市街地において緑の環境はどうあったらよいか、あなたの考えを述べなさい(合計300字以内)

 解答例 「本当のさいわい」とは、「たくさんのお金が集まる」ことではない。「美しい公園地」が市街地の公共空間にあることこそが本当の幸福なのではないだろうか。「これから何千の人たち」すなわち、連綿と受け継がれる種類の繁栄には、常に「虔十のいた時の林」すなわち、自然との共存があったのだ。それに関連して、「建て込んだ市街地」に「緑の環境」を残すことには意義がある。それは自然が人類にもたらす影響を鑑みれば、明白な事実である。自然とは酸素を供給するだけでなく、リラックス効果も与えているのである。そのため、利便性が向上した現代の市街地にも緑を残して公共空間として保存することが重要でせあると私は考える。

 以上が私の考える解答例である。これは満点の解答例である自信はないがたたき台として考えていただければありがたい。人間が崩してきた自然への警告。人間と自然との共生。便利さや利益を追求するだけでは得られない人間の本当の幸せ。それらすべてがこの本の価値であると思う。が、私には虔十が杉苗700本をねだった時、お父さんが「買ってやれ」と言い、お母さんも安心して笑い、お兄さんも杉苗の植え込みを一緒に手伝ってやるところがもっともいいと感じた。まだお読みでない方一読をお勧めする。





千葉大 園芸学部 後期小論文(2016)

千葉大園芸学部の緑地環境学科の2016年の小論文は宮沢賢治の「虔十公園林」を読んで問に答えるというものだった。恥ずかしいことに賢治はいくつも読んでいるのだがこの小作品は初めて読んだ。お読みでない方にあらすじをお伝えする。

虔十公園林 あらすじ 「少し足りない人」とと村人から思われている、虔十は両親に初めてわがまま杉野苗700本をおねだりする。杉林は5年目までは順調に育ったが、成長が止まり8年たっても9尺(2.5m)にとどまった。「枝打ちしろ」という近所の百姓の冗談を真に受けて虔十は下枝を買って盆栽のような林にしてしまう。しかし次の日からそこは子供たちの子供たちのp格好の遊び場となり虔十はそれに満足する。隣の意地悪百姓平二に「きさんどこの杉切れ伐れ」「伐らない」虔十の一生に一度の反抗だった。その後虔十はチフスで亡くなってしまう


それから20年町は急速に発展し、昔の面影はなくなってしまう。この村出身者で今はアメリカの大学で教えている博士が帰郷し、虔十の林に足を踏み入れ、この林だけが昔のまま残っていることを発見して虔十のことを思い出す。あのバカにしていた虔十のおかげで遊びが提供されていたことや、今の自分があることを悟り、林の重要さ気づく。「ああ、全くたれがかしこくたれが賢くないかわかりません」と言って、校長にこの林を「虔十公園林」と命名して永久に保存することを提案しその通りになる。虔十の残された身内は喜んで泣いた。

これを読んで小論に答えるという出題だ。赤本には問題だけで解答例が出ていなかったので、この本を手にした受験生の方はさぞやお困りだったろう。私なりの拙い解答例を示そうと思う。長くなったので稿を改める




合格報告届きました。そして...(2)

 今回は塾をやっているいる以上どうしても避けて通れない問題…不合格について考えたい。その前に引用したい文章がある。

 ”失敗してもいいからやってみよう”という失敗と、”絶対成功させてやる!”という気持ちのもとでの失敗は、全く別物だと思います。後者の失敗では大きなショックを味わいますが、そこから学ぶことは非常に大きいのです。西畠背順「教えてくれたのは植物でした」


 この引用の後者の場合、実は成功するよりも実りがあったのではとさえ私は思っている。これはあくまで死に物狂いで勉強して誰にもも後ろ指をさされない勉強をしてきたものだけに言えることではあるが。話を当塾の生徒C君に戻したい。彼はW中学を本命に置き、T中を抑えに今年の入試に臨んだ。W中学は2/1と2/3、T中は2/2に入試があった。W中学は当落線上で、T中は模試でも合格可能生が高いところにあった。2/1のW中学がだめで、さらに2/2のT中がだめとわかったとき、C君は大粒の涙を流したということだ。そして動揺したままW 中の2回目を受けそれも玉砕。結局今回の受験は0勝3敗という結果に終わってしまった。

 この経緯を知って私が思ったことは、あれだけ真面目に佐々木塾の授業を受けてくれ、宿題や課題など黙々とこなしてくれた可哀想だということだった。神も仏もいないのか。塾講師にあってはならぬ神頼み的なことまで考えてしまった。


 しかし冷静に考えたときこれは可哀想でも気の毒でも何でもない。C君にとってまたとない経験ができたのだと考えるようになった。これはC君がT中学を落ちたことを知ったとき大粒の涙を流したということがすべてを語ってくれる。私たちは”絶対に受かってやる”という思いからことを始めることがあるだろうか?案外落ちた時の予防をあらかじめ作って置いて、落ちた時のショックを和らげる策を講じたりしていないだろうか?そう大粒の涙が出てきたのは”絶対受かってやる”という気持ちが裏切られたからで人としてあまり体験しない種類のショックであると思う。

 後のないところまで自分を追い詰めて、その願いが報われなかったとき見える景色はどんなものだろう。そんなことを経験したことがない人にとっては「絶望の真っ暗闇」というかもしれない。でも本当は意外とぼんやりとではあるがうす暗い光が見えるのではないだろうか?全力を出し切った清々しさと次が与えられるなら今度こそという確かな決意。それが光となって見える気がする。だから「不合格」ということはこれで終わりなのではなく、次衛のステップと置き換えらるのかもしれない。歌の歌詞のような結論になってしまったが、「不合格」も決して気休めでなく悪くない経験だと思う。


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