佐々木塾ブログ

朝のヨット

  先日、生徒と、山川方夫の「朝のヨット」という短編を読むこととなった。山川方夫、実は一度も読んだことがなかった。ただ三田文学の創刊者で、曽野綾子・江藤淳などを見出した人。芥川賞候補に何度もなった人。国道一号線大磯でトラックにひかれ、34歳で夭折した人。という予備知識はあった。

 さてその作品。「朝のヨット」について。最近まったく読んだことのないような類の小説である。私などはすでに失っている感性というか,みずみずしいというか久しく忘れていたものを思い起こさせてくれた小説である。
 
 あらすじを少し。愛し合う少年と少女。少女と一緒にいると、もう一人の自分がひどく遠いところに置き去りにされるように思い、自分をとり戻すために一緒に行きたいという少女を振り切ってヨットで海に出る。「女にはわからないさ」「君を好きだよ」の言葉を残し。しかし少年は急変した天候により海に消えてしまう。

 翌日海は嘘のように凪いでいた。ヨットに乗った少女は昨日から幾百回となく繰り返した言葉を唇に浮かべる。「…なぜなの?なぜ一人きりになりにいかなくちゃならなかったの?」と。「一人きりにしがみつき、私よりも自分の孤独さの確認を愛しているみたいに」「私の中にあなたはいて、あなたの中に私はいてどこへ行っても一人きりなんてなれないのに」そう思う少女の頭上を鴎が翔んでいる。その鴎こそ少年なのだ。鴎はただ少女にただ自分だけの充実を追った幼い恋人であったことを告げたかった。しかしいつの間にか飛翔の意味も孤独のさわやかさも、愛することの恐怖も屈辱も喜びも忘れ、透明な朝の風の中で猫に似た単調な鳴き声を繰り返し無心に翼の抑揚を続けるのだった。

 


過去の記事

全て見る

ホームへ

ページトップへ

無料体験授業 まずは、是非一度無料体験にお越しください。
042-572-9819

メールでのお問い合わせはこちら